今年僕は55歳になる。17歳になった深夜0時のことをよく覚えている。これから子供ではすまされなくなるんだろうと思った。そして30歳になったとき、自分がそんな年になるのだとも思った。20歳越えて生きているような気がしなかった。それがさらに55歳である。率直にいって、緩慢なる絶望を過ごしていた。生きていても死んでいてもいいようなバランスを取っていたようにも思う。ボロボロになったなとも思う。そして、世界や過去の栄光をというものをその間に手にした人をうらやましくも思い、また、いや自分への神の恵みは過分なほどではないかとも思う。いずれにせよ、過去であり、世界の受容であり、そしてそれはともに無である。acimのイエスはそう教える。そしてそれは真理だと私は知る。